静岡県の山あいにある小さな切削加工メーカー。
社長は70代、職人歴50年を超えるベテランで、現場には長年連れ添った職人が2名。誰よりも早く測定具に手を伸ばし、ミクロン単位のズレを嫌う—そんな“こだわりの町工場”です。

しかし、時代は変わりました。かつては顔の利く商社経由で大手自動車部品メーカーから安定的に仕事が回っていたこの工場も、取引量の減少とともに徐々に仕事が減り、売上も縮小傾向に。紹介や下請けに頼る営業スタイルでは、どうにも限界が来ていたのです。

「ホームページ?あるにはあるけど、ずっと更新してないなあ…」
「技術のことを分かってくれる人には響くんだけどね…」

年間の問い合わせはわずか3件。しかも価格勝負ばかりで、納得いく取引にはつながらない日々。

「このままだと、うちは消えていくだけかもしれない」
そんな危機感の中で、まず取り組んだのは、自社の強みを“明確に言語化”することでした。

~“伝わらなかった技術”を、“選ばれる技術”に変えるまで~

① 強みの棚卸しと「選ばれる理由」の再設計

最初に行ったのは、“ウチの強みってなんだ?”を掘り起こす作業です。
次の3つのポイントを特定していきました。

  • 微細加工(特に0.05mm以下の削り出し)において、加工バラつきが非常に少ないこと
  • 銅合金の切削において、焼きやすさ・切粉処理・寿命に優れていること
  • 10年以上納品している製品の寿命記録が残っており、長寿命化の実績があること

ここから、「微細 × 銅合金 × 長寿命」というキーワードで専門性を打ち出し、“誰にとって価値があるか”を再定義。
具体的には、導電部品・電子機器部品の試作部門がターゲットとして浮かび上がりました。


② 「比較資料」と「実績資料」の作成

次に取り組んだのは、「見える資料」の整備です。

  • 写真付き加工サンプル資料(実際に加工した銅製部品を撮影)
  • 精度実測データのグラフ化(加工径、長さのバラつき実績を数値で)
  • 他社との違いを一覧で示した“比較シート”
     → 加工バラつき/納期柔軟性/価格帯/最小加工径/納入実績

これらは、すべてPowerPointとExcelで作成し、PDF形式でDLできるようにしました。
特に比較表は、「社内稟議にそのまま使える」と喜ばれました。


③ イプロスの最適化(“見られる仕掛け”を整える)

次に、「技術を欲しがっている人の目に入る場所」に設置する作業です。

  • イプロスの製品登録タイトルを調整
     例:「銅合金 高精度微細加工|導電部品の寿命を2倍に」
  • 検索キーワードの埋め込みと説明文の最適化
     → 「導電性」「精密試作」「マシニング加工」「放熱性」などの関連語を自然に挿入

結果、「導電性 高精度加工」で検索上位に表示されるようになり、閲覧数が月200件超に。
加えて、動画はあえて使わず、PDF資料DLに集中させ、DL後にメールで個別フォローする“対話型の流れ”を構築しました。


④ 資料請求後の“メールフォロー”と“相談導線”の整備

イプロスからの資料請求者には、以下の流れで対応:

  1. DL直後:お礼メール(自動返信+補足説明PDFつき)
  2. 2日後:事例紹介メール(3件の納入実績/加工写真つき)
  3. 5日後:簡単な質問フォーム or オンライン相談の案内

これらは、Gmail+Googleフォーム+slackを使って社長が自力で対応可能な仕組みに整えました。

重要なのは「営業電話を一切せず、相手のタイミングを尊重する設計」にした点です。これにより、断られるストレスもなく、関心度の高い相手との商談率が上がりました。


⑤ 「営業資料・社外向け提案資料」の標準テンプレート化

新規の引き合いに対しては、以下のテンプレートを都度修正して使用:

  • 「企業紹介1枚」
  • 「加工技術と実績事例2枚」
  • 「他社比較+納入メリット1枚」

これにより、問い合わせがあっても慌てず対応でき、相手企業側でも「これなら社内で説明しやすい」と好評でした。

これまでほとんど動きのなかった問い合わせが、徐々に変化を見せ始めました。

公開から2ヶ月後には、イプロス経由での資料請求数が月8件を超えるようになり、半年でトータル48件に。資料請求後の個別相談や試作依頼も増加し、月7件ペースの新規試作がコンスタントに入るように。

何より社長が驚いたのは、「うちを名指しで問い合わせてくる」企業が現れたこと。しかもその中には、かつて憧れだった大手電機メーカーの名もありました。

「技術は変えてはいない。でも、伝え方を変えただけでこんなにも違うのか…」

結果、年商は2,200万円 → 3,800万円に増加しました。

「いい技術」があっても、「選ばれる」とは限らない

この町工場が、問い合わせ数を16倍にまで増やし、年商を1.7倍に伸ばした背景には、「技術をどう伝えるか?」という視点の転換がありました。以下の手順に沿って、順番に見直したことが、成果のカギでした。


【STEP1】“何でもできます”をやめて、“誰に、何を、どう役立つか”を明確にする

まずは、「うちの強みって何だろう?」を深堀りしました。

結果、「微細な加工が得意」「特に銅合金に強い」「耐久性が高い=長く使える」という技術的な特徴が見えてきました。

これを、「銅の部品を高精度に加工したい企業にとって、長寿命でコストパフォーマンスの良い製品がつくれる」という“お客様にとっての価値”に置き換えました。

→ ポイント:「特徴」ではなく「役立ち方」を伝える


【STEP2】「目に見える形」にして、誰が見ても分かるようにする

強みが整理できたら、それを言葉だけでなく「見える形」に変えました。

  • 加工品の写真(大きさが分かるように定規と一緒に撮影)
  • 加工精度や寿命に関する簡単なグラフ
  • 他社との違いが一目でわかる比較表

これらを1枚の資料やPDFにまとめるだけで、相手の理解度が格段に上がりました。

→ ポイント:「説明する」のではなく「見せる」


【STEP3】“探している人”の目に届く場所に置く

せっかく良い資料ができても、見てもらえなければ意味がありません。

そこで活用したのが、「製造業の人が情報を探す場所=イプロス」でした。
検索する側が使いそうな言葉(たとえば「導電性」「高精度」「銅加工」など)を意識して、タイトルや説明文を調整し、上位に表示されるようにしました。

→ ポイント:相手が“使いそうな言葉”を先に考える


【STEP4】見てもらったあと、「次に何をしてほしいか」をはっきり伝える

ページの最後には、「まずは資料をダウンロードしてください」「簡単なご相談も歓迎です」といった、“次の行動”が分かるような一言を入れました。

そして、資料請求をしてくれた人には、数日後に「見ていただけましたか?」「試作のご相談もできますよ」といったメールを送り、次の一歩へ丁寧につなげました。

→ ポイント:「問い合わせしやすい流れ」をつくる


この町工場が成果を出せたのは、「新しい設備を導入した」わけでも、「営業マンを雇った」わけでもありません。

今ある技術を、
●誰に向けて
●どう伝えれば
●価値が伝わるのか?

この視点で「伝え方」を見直し、相手の立場で考え抜いたからこそ、“選ばれる町工場”に変わりつつあります。

技術の良さを伝えるのに、大きな会社である必要はありません。
マーケティングとは、「良いものが、ちゃんと届くようにする工夫」なのです。